ティータイム

「それで、話を聞かせてもらおうかしら」
「ま、まあ僕はその、うん」
 この前のことで、私は彼に呼び出された。とある駅前にある、テレビ放送局二階のフリースペースに設けられたカフェ。私達の高校の近くにあったのでよく立ち寄っていた所だ。
 彼はなかなか、話を切り出さない。
「と、とりあえず何か飲もうか」
 まあ、すぐには切り出せないか。
「おごってくれる?」
「あ、うん、おごるよ」
 私はウェイターを呼んで、よく口にする紅茶の名前を告げる。彼はアイスコーヒー。高校の時、定番にしていたオーダーだ。
 彼はいつまでも話を始めようとしなかったので、私から聞くことにした。
「それで、この前はどうしてあんなことしてたの?」
「それは、その、友達が、ね」
「友達が、どうしたの?」
「友達が、一緒に行こうって。それで、まあ、あの場所にいたというか」
「あの子と一緒にいたことと友達と、何の関係があるのかしら?」
 彼は黙る。なるほど、友達とやらは無関係と理解していいのよね。あの場にはそんな人物がいなかった訳だし。
「あの子ね、私の昔からの知り合いなのよ? だから色々聞き出した」
 彼はそれを聞いて驚いた様子を見せる。そうね、私も驚いたわ。あの子と彼が一緒にいるのを見た時は。
 あの子については、悪い噂しか最近は聞かなかった。だからあの子と一緒に出掛けたり、ネット上でさえやり取りをすることはほとんど無くなっていた訳だけど。
「全部教えてもらったから、ここで言わなくてもいいわよ?」
 本当は両方の話を聞くのが筋なんだろうけど、恐らく彼の口からは言い訳しか出てこないだろうから。それならば、聞かない方がいい。
「お待たせしました、ご注文の×××××とアイスコーヒーになります」
 ウェイターがティーカップを私の前に置く。一口、口をつけ
「とりあえず、ティータイムを楽しみましょ?」
 まあ、彼にとっては楽しめる場じゃないかもしれないけど。そう感じながら、私は二口目をつける。……今日はまあまあの味かな。

***

「浴衣、似合うかしら」
 今日、よく行く駅の近くにある神社でお祭りが開かれる。前々からそれは知っていたのだけども、用事が入るか判らなかったので誘えずにいた。結局用事は入らなくて、私はその日暇か彼に聞いた。けどもう彼には予定があるとのことで、独りで浴衣を着て行くことになった。
「でも、一緒に行きたかったなぁ、お祭り」
 一緒に行ければ、どれだけ楽しかっただろう。そう感じないわけがなかったが、どれだけそう思っても仕方がない。独りでも、お祭りという楽しむ場を楽しもう。あの光景を見るまではそう思っていた。
 一通り出店を回った後、ちょっと休憩しようと私は神社の方へ向かった。神社のお祭りではあるのだけど境内には広いスペースがなく、メインとなる会場は近くの郵便局の駐車場に設営されている。それなので神社の辺りは祭りの雰囲気から取り残されたように暗がりとなっていた。
 黒石神社というその神社、周辺がほぼ平地なのにも関わらずその境内だけ丘になっていて、神秘的な趣を見せている。その山を登り、社殿の回りに作られた石垣に腰掛けていると何処かから声がした。
「──だから、あの子にはバレないから、ね? しようよ」
「でも、やけに鋭いからなあ……」
 男女の話し声。その声を聞いて思い浮かんだのは、付き合っている彼の声。予定があるはずの彼の声。何故だろう、と思って声の方、社殿の左手側へ近づいてみるとそこには、「彼」がいた。隣にいる女の子、茶髪に髪を染め派手目な洋服を纏った子にも見覚えがあると感じる。すぐに、私が幼稚園時代に仲良くなった子だと気付いた。
 その子とは幼稚園時代に知り合い、中学校ぐらいまでは一緒に遊んだり、買い物をしたりしていた。しかし高校受験の前くらいだろうか、彼女に黒い噂がまとわりつくようになったのは。その噂に合わせるように、彼女は学校に来なくなっていった。久々に会ったとき、彼女は髪を染め口からは仄かに煙草の臭いがしていた。歯車が外れ、壊れていく機械のように彼女の生活は堕落していったようだった。高校には、底辺にカテゴライズされる所であれ入学はしたらしい。SNSでのつながりはその後も続いていて、時々チェックはしていたものの、ふと、その習慣はいつの間にか切れてしまって。あくまでも優等生だと思っていた自分は、その子から離れたかったのかもしれない。
 近くに近付いて私は様子をうかがう。二人がこちらに気付いているような様子は今のところ見られない。
「ねぇ、あの子のことだからまだ全然、進んでないでしょ?」
 彼女は「彼」の手を取り、自分の胸元へと押し付ける。「彼」は抵抗しようとしなかった。
「あたしなら、×××××くんのやりたいこと、全部出来るよ? あの子と付き合ったままでもいいから、ね?」
 彼女の誘いにのるように、「彼」は彼女の顔へと自分の顔を近づけ、口と口が触れる。これ以上見過ごす訳にはいかない。私はケータイを持っていたかばんから取り出すと、「彼」に電話をかけた。
 ケータイから聞こえる呼び出し音とともに、ケータイが震動する音が「彼」から聞こえる。「彼」は慌てた様子で端末を取り出し、画面を確認し、一回深呼吸してから応答ボタンをタッチする。
『はい、もしもし』
「×××××くん? 今、何してる?」
 声は抑え気味に。ここにいることを、今は向こうが気付かないように。
『何って、まあ勉強かな。今のうちに課題とかこなしておかないと』
 この状況的に、明らかに嘘なのだが。予定があるって言っていたし。
「本当に?」
『本当本当』
 彼はその矛盾に気付かない。まあその嘘の積み重ねが崩れるのも、もうすぐだが。
「そういえば今日、いつも使ってた駅の近くでお祭りやってるんだけど」
『……そうなんだ』
 内心、ドキっとしたことだろう。無論、それが狙いで、真実を言う最後のチャンスを与えたつもりだった。けど、彼は言わない。なら。
「×××××くんも来ない? 今、」
 私は、声の音量を上げて言う。
「駅の近くの、黒石神社にいるんだけど」
 びっくりしたように、「彼」はこちらを振り向き、ケータイを落とす。ガン、と衝撃音がスピーカーから響く。
「あら、こんな所にいたのね」
 あえて白々しく、私は「彼」に言う。
「ここで何の勉強をしていらしたのかしら、×××××さんと一緒に?」
 厳密には「しようとしていた」だろうけど、声に出すのも馬鹿らしい。
「こ、これは」
「これは、何?」
 肯定的な表現は当てはめにくいだろう。そうね、「社会勉強」とか? ……なんておかしな表現かしら。
「何というか、×××××さんに、君について相談に乗ってもらっていたというか……」
「彼女に聞いて、何が解るというの? 縁が切れて大分経っているのに」
 私のことを知る友達なら男友達含め他にいるし、彼も知っているはずだ。彼女を選ぶ理由が私には見当たらない。
「まあいいわ、話は今度聞く。とりあえず今日はさよならということで」
 そうやって、私はその日、彼と別れたのだった。その後彼とあの子が何をしたか私は知らない。祭りの中で会うのが嫌で、真っすぐ家に帰ったし。