事が起こる、前の話。

「佐奈ちゃん、彼氏とかいるの?」
「いるよ?」
 話の流れでふと、聞かれた。友達の、彼氏が自分に対してどれだけ尽くしてくれるかと言う自慢話だったと思う。
「でもさ、彼氏いる感じしなくない?」
 失礼な。でもしょうがないか。遊びに誘われたら断らないことの方が多いからね。金欠以外の理由では。
「まあ、社会人だからね。仕事とか忙しいらしいし」
「どんな仕事?」
「公務員、だったかな。一応は」
 具体的には、私も知らない。どうしても教えてくれなかったのだ。どうしても無理なんだ、彼はそう言った。怪しいと思うだろうけど、それでも、と。私は信じることにした。
 元々は年の離れた幼なじみだ。七歳も離れていると、幼なじみと呼べるのかは微妙だが。色々あって付き合って、大分長くなる。現在は遠距離恋愛中ということになっている。私は名古屋、彼は一応、東京にいるはずなので。
 そもそも、会えるのも一年に一回。それ以外は電話だったり、メールだったりで連絡を取る。情報管理には気をつけないといけないらしく、彼と連絡を取るだけの携帯電話をわざわざくれて。時々、海外から掛かってくる。そんな、何をやっているか判らない彼だけど。
 一年に一回、七月七日。七夕であり、私の誕生日。その日だけ、私は彼と会うことが出来る。何が会っても、会いに来てくれる。それが彼の、私に対する愛の証だと信じて。
「何で年に一回だけなの?」
 ふと気になって、聞いたことがある。
「出来たら会いたいけど、出来ないんだ。君のためにもね」
「私の、ため?」
 言っていることがちょっと解らない。会えないのが私のためって。
「このまま関係を続けることが出来たらさ、説明出来る日が来るかもしれない。絶対とは言えないけどね。その時まで辛抱強く待っててくれたら、うれしい」
 そんな付き合い方を続けているうちにいつの間にか、一年に一度会えるそのイベントを楽しんでいる自分がいた。七夕という日。織姫と彦星の関係のような、その恋を。
 それから月日が経って、高校三年生の夏。七夕の日。今年も、彼は私に会いに来てくれた。私の部屋でプレゼントをもらい、ケーキを一緒に食べ、べったりとくっついてくつろいでいる時。
「佐奈、提案があるけれど」
「……なに?」
 一瞬、別れを切り出されたのかと思った。彼が負い目を感じているのはよく解っていたから。でも、とりあえず、彼の話が聞きたかった。
「いや、佐奈が高校卒業したら、俺の所来ないかなって」
「それは、どういうこと?」
「そうだな、このことは言わないといけないかな」
 彼は、かばんから名刺を取り出した。そこには「内閣情報局」の文字。
「内閣、って……」
「組織的には内閣官房に属しているかな。各省庁からの出向組が結構いて、俺も元々は警察庁から出て来てる組なんだけど」
 「内閣情報局」はともかく、政治・経済の授業で習った組織図が頭に浮かぶ。警察庁といえば国家公安委員会の下に属していたか。
 警察の人間なのに未成年と付き合っててよかったの? とも思ったが、そこは気にしないことにする。
「簡単にいえば日本の情報収集機関。さすがにスパイとかはやってなくて、一般に流布している情報を集め、分析するのが中心なんだけど。今、大きなヤマが控えていてね、卒業したら、いや、今からでも本当は協力してほしい所かな」
「いいわよ、今からでも」
 言っていることはよく解らなかったけど。それでも、私はあなたの彼女だから。協力出来るなら、協力したいから。
「それで今日から、会える頻度が増えるんならさらにプラスだし。でもさ、どういう理由かは説明してほしいな」
 彼は困った顔をした。
「それを知ったら、後戻り出来なくなるけど、いいかな」
「いいわ」
 だって、私はあなたに付いて行きたいから。
「そうか、だったら話すよ」
 彼は一度、咳払いをする。
「これは真面目な話だ、冗談のように聞こえるかもしれないけど」
「大丈夫、信じるわ」
 そこまで言うからには、本当にフェイクとしか聞こえない案件なのだろう。
「地球に宇宙人、いや、正確には異世界人がやって来ている。先日アメリカ合衆国政府に接触して、失敗した。彼らは新たな交渉相手を探している。日本に来る可能性も十分にある」
「それで、私には何をすれば?」
 話の流れからは、何故私が必要とされているか理解出来ない。
「重要なのはここからだ。内閣情報調査室じゃなかった、内閣情報局がとある筋から握った不確定情報なのだが、その交渉の運命を握る人が名古屋の高校にいるらしい。その高校は、」
 彼が告げた名前には、聞き覚えがあった。それもそのはず、全国的には珍しく高校入試の偏差値ランク上位を公立高校が占める愛知県、そのなかでも五本の指に入る進学校だ。それだけではない。
「その人物が、私の高校にいるということね。今すぐ協力してほしいという理由も」
 幸か不幸か。そんなの、決まっている。幸だ。
「ねえ、拓海くんはこっちに来るの?」
「上手く行けば、かな。上司と交渉中」
 私をちゃんと愛してくれている。だから私も、彼を愛することが出来る。一年に一回だったからこそ、その想いを確かめ合うことが容易だった。
「こっちに住むことになったら、その時は一緒にね?」
「えっと、それは、色々と問題が……」
「今日で十八、何の問題があるっていうの?」
「まあ、その辺りは色々考えてみるよ」
 うまく逃げられた気もするが、拒否はされない。
「それで、その人物って誰? 世界の運命を握る人って」
 彼は一呼吸置いて、言う。
「佐奈の一学年下、二年生の海部セーラさんというらしい」
 彼は書類を見せてきた。高校の学籍簿だが、こんなもの、どうやって手に入れたのだろう。まあ政府機関だからどうにでもなるだろう。顔写真を見ると、かなりの美少女。意識して立ち振る舞えば、大抵の男は落とせるだろう。そう考えると恐ろしい。
「二年生、か」
 一学年の差は、意外と大きい。
「九月には転入生を送り込めるよう、準備もしているそうだ。この件については知らせず送り込むそうだが、使えるのなら上手く取り込んでほしい」
 一学年下と接触を持つ、もっとも効率的な方法。それは部活なり同好会なりを設立すること。この学校にありそうでないもの、そして負担になりにくいもの。それは、文芸部しかない。
「解った、自分なりにやってみるから、待ってて」
 待っているよ。その一言が嬉しかった。