美少女の前で。

「そう、死ぬなら美少女の前で。美少女に、少しでも自分の生きた証を植え付けて、死ぬんだ」

 そんな残酷な発想を持ち始めたのは、いつの頃からだったか。精神的に追い詰められつつも、そんなことを考えられるだけ、少しは余裕が出てきたのかもしれない。しかしそんなことを思いながら、辛い日々を生き永らえてきた。死ぬことばかり、考えながら。

 そうして僕は今やっと、記憶を植え付けるにふさわしい美少女に出会ったのだ。

 とある日、とある駅のホーム。朝のラッシュで混み合う中、そこに彼女は立っていた。ボブカットの黒髪に、市内の高校だろう白襟のセーラー服の少女。彼女には不思議な魅力を感じる気がする。だからこそ、この少女の前で。
『まもなく、上小田井行きの電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください』
 一歩踏み出そうとした、その時。

 少女が、腕を掴んできた。

 ホームに電車が滑り込む。停車位置通り、電車は止まる。

 少女が反応したその理由が解らず、僕はただ呆然と、一歩進めないまま立ち竦んでしまっていた。
 電車が発車していった後、少女は手を離し、問いかけてくる。
「何故、死のうとするの?」
 どうして、飛び込もうとしていたことに気づかれたのか。少女には何も言わず、ただその光景を焼き付けようとしていただけなのに。
「何故って、君には関係ないことだろう」
「関係あるわ。私に、自殺の光景を焼き付けようとしていたのだから。自身の満足のためだけにね」
「そんなこと──」
 即座に否定したものの、この「変に察しのいい」少女にはお見通しのようだった。
「否定しても無駄よ。全部情報は掴んでいるの。──とにかく、どこかで話しましょう」