ささづか

 休憩時間にスマートフォンを見ると、ラインが飛んできていた。どうやら、新入生募集のポスターを作る人を探しているらしい。自分もイラストは描けないことはないが、正直あまり上手くない。しかし色々と写真を撮るのは、小説の取材がてらではあるが好きなので、写真で構成していいなら、と返す。
 私は、東京にいた。大学は次の日から試験だが、とある資格の試験がちょうど、その日だったのだ。前日、名古屋から新幹線で東京駅に降り立ち、少しだけ秋葉原や池袋を回った後、試験会場となっている大学の最寄駅、吉祥寺駅前のホテルに泊まった。その試験に合格する自信は正直なかったので、観光も少しして、交通費に見合うものを得ておこうと思ったからだった。
 さてポスター制作を引き受けた以上、どういった写真を使うか考えなければいけない。最初に浮かんだのは、三鷹。「人間失格」や「走れメロス」を書いた太宰治が暮らした場所である。中央線沿線を舞台にした作品としては「ヴィヨンの妻」などだったか。自分の所属しているゼミが春期に太宰作品を取り上げたから、微かな記憶がある。
 太宰の風景、文学サークルらしいテーマではあるのだが、正直、このサークルで純文学的な作品を取り扱う人は多くない。それに、本の持ち合わせもなかった。まあ、青空文庫を探せばあるだろうが、スマートフォンの画面は小さすぎて、パソコンを繋げられるような回線も持っていないので使いづらいのだ。
 それと同時に浮かんでいたのが、少し前の先輩が書いた「笹塚」という作品だった。
 いわゆるアニメやマンガにおける「聖地巡礼」のような感じで、笹塚を訪ねてみたいとは、前日、東京に着いた時から思っていた。しかしJRの路線図を見ても笹塚という駅はなく、確か新宿の近くだっけ、というおぼろげな記憶しかなかったので、諦めた。
 しかし太宰と同じく、その作品が載ったサークル冊子は手元にない。電子化して公開もしていない。訪ねたところで回れない、だから笹塚に行くのはやめよう。諦めたもう一つの理由だった。
 その時も同じく、笹塚は諦めようと思った。同じ理由で。いいと感じた風景を、そのまま撮ろう。場所などには囚われず。
 資格試験が終わり、会場になった大学の建物をカメラに収めつつ駅へ向かう。行きはバスを使ったが、歩くことにした。
途中、「青葉小路」という、ちょっと気になった看板の写真を撮った後、吉祥寺駅へと着く。
 行きはJR中央線で来たが、帰りは別のルートに乗ろうかな、とふと思った。吉祥寺駅には京王井の頭線が乗り入れている。吉祥寺に着くまではJR中央線しか頭に入っていなかったが、駅からホテルに向かう途中に気づいた路線。
 多少遠回りになるかもしれないが、違う景色を楽しむのもそれはそれでいいかな、と。
 京王井の頭線吉祥寺駅は、百貨店にぶつかるような形で作られた行き止まり式の高架駅である。近年改築されたらしく、内装はまだまだ綺麗で清潔感を感じる。ICカードで改札を通り、渋谷行きの急行電車へ乗った。どこを通るのだろう。私は扉の上の路線図を眺める。
 「笹塚」。その地名を見つけるのに、そう時間はかからなかった。明大前駅で乗り換えて、新宿方面へ。行こう。すぐに、決めた。
 明大前駅で降り、ツイッター用に写真を撮る。階段を上がり、京王線ホームへ。午後五時前、空が暗くなり始め、ホームに立つ人々の姿も多くなりはじめる頃合。
 明大前駅を出て、代田橋の次が笹塚駅。電車を降りて改札を通る。「笹塚」らしい景色はなんだろう。それを探すため、まずは足の向くまま歩いてみることにした。
 まずカメラを向けたのは、駅の近くにあった小さい路地。飲み屋が並ぶ狭い道路で、自転車が路上に停められ車の通行も制限されている。とりあえず撮ったが、フレーム内が雑然としていて、文字を乗せてポスターにするのには使いにくい写真だろうな、と感じた。
 次に撮ったのは首都高速道路の高架橋。笹塚を一つの舞台とするライトノベルがアニメ化された際、笹塚の風景として高架橋が描かれていた印象が強かったためである。しかし、あまりピンとくるものではなかった。ここに冊子があればよかったのに。ふと、私は思い出す。
 父親が書類の電子化を一時期ハマったかのように進めており、大学祭でもらったサークルの冊子も一緒にPDF化していた。そのデータはUSBメモリーにコピーさせてもらっており、その小さな記憶媒体はかばんの中に入っているかもしれない。私は歩く速度を上げ、どこかノートパソコンを広げることの出来るスペースを探す。
 駅から少し離れた花屋の前に、ガーデニング用と例えればいいのだろうか、白いテーブルと椅子が設置してあった。そこにノートパソコンとかばんを置き、中を探る。最初に見つけたUSBメモリーには入っていない。その次。あった。
 百二十五号。
 テーマは「雫」。
 最初に掲載されている作品が、「笹塚」だ。
 自分からしたら三学年上の先輩の作品で、さすがというか、文章が完成されている。とても私はそのレベルに及ばない。情景描写は、苦手だ。元々、自分の意見や感想を入れる「作文」が苦手だったことが影響しているだろう。色々と設定を思い浮かべるのは、得意なのだが。

 「笹塚」の冒頭は、笹塚では始まらない。

 もう辺りはだいぶ暗くなっている。写真を撮るのに、夜は不向きだ。特にポスター用となれば、明るい風景の方が目立つ。急がなくてはいけない。笹塚が出てくる場面まで読み飛ばすように目を動かす。
 主人公であろう「わたし」は品川から新宿まで移動し、京王線の急行へと乗る。もうすぐ、笹塚へと着く。
 六ページ上段最後で、「わたし」は笹塚に着いた。

 笹塚駅の改札正面には花屋がある。駅から出ればごちゃごちゃと建物が並んでいて、高架線と建物にはさまれた狭い道路をわたしは何度も歩いた。

 笹塚の花屋。ちょうど目の前にあると思ったが、ここは改札の正面ではない。真新しさもなく、近年移転したわけでもなさそうだった。となると違う花屋か。
 私は笹塚駅まで戻り、花屋を探す。改札正面には、最近整備されたらしい商店街が高架下に伸びる。そこに、花屋は見当たらない。商店街の中を探すが、ない。
 駅の南側も再開発が進んでいた。高層ビルの建築が進められ、通路が制限されている。もしかして、改札を出て南側にあったのかな。そんなことを思いつつ、街を巡って痕跡を探す。もしかしたら別の改札かもしれない。そんなことも頭に浮かんで探してみたが、笹塚駅の改札は一つだけしかなかった。
 しかし別の改札がないか探していると、一軒の花屋がふと目に入った。改札とは反対側の、ガード下に展開する店。まだまだ新しい雰囲気の店。
 こここそ、改札正面にあった花屋ではないだろうか。しかも「FLOWER SHOP KEIO」という文字が、それを裏付けられるかのように掲げられている。鉄道と何らかの関係はあるだろう。それならば、商店街開発とともに移転してきたとしても違和感がなく。
 店員さんに聞いてみようかと思ったが、出版されたわけでもない作品のことを挙げても不審に思われるだけであろう。それに、もし違ったら迷宮入りになるわけで、それなら自分の中でそうだと思っておけばよい、とも。
 街は生き物だ、というフレーズがあるが、実際その通りで、街は変化していく。特に、この笹塚という街は大きな変化の途中であり、消えていく風景がそこにはある。それを象徴するのが、この花屋だった。
 しかし、「笹塚」の笹塚には、改札の正面に花屋がある。変わらず、あった。何故か。それはこの作品がメディアとして、街を記録しているからで。頭の中にフレーズが浮かんだ。文学は街を記録する。文学によって私はこの街に誘われ、そして変化を見た。文学の役割を押し出すような、文学研究会ではなく文学の魅力を押し出すような、そんなポスターになってしまいそうだが。
 花屋を写真に収めたが、周りはもう真っ暗で、いい写真ではなかった。それに、街の変化を表すにはちょっと足りない。花屋よりも、花屋のない風景を撮ろう。私は改札を通り、バランスを考えながら一枚、撮った。
 池袋でサークル用のお土産などを買った後、赤レンガ駅舎が復原された東京駅へと向かい、新幹線へ乗る。のぞみで、自由席で座ることが出来て、無線LANとコンセントのあるN七〇〇系の車両を選ぶ。席番号は、十五号車・二〇番のE。行きに聞いたCDに「二〇番のD」という曲があったので、その席、の一つ隣を選ぶと決めていた。
 新大阪行きのぞみが発車すると、私はノートパソコンに入っているイラスト制作用ソフトで、ポスターのデザインを始める。
 笹塚からの移動途中に思い浮かんだフレーズを、メモ代わりとしてツイッターに書き込んでいた。気に入っていたので、それを使って構成することにする。

先輩の作品を追って笹塚に寄った。
変わりゆく途中の街、改札を出た正面に花屋はなかった。
けれども僕にはそこに、花屋が見える。

文学は街を記録する。

 結局、笹塚駅改札を撮った写真とキャッチフレーズの組み合わせは「旅行サークルっぽく誤解される」「鉄道系サークルに思われる」「卒業した先輩じゃなくて、現役部員のを使おうよ」などと言われ、不採用になったわけであるが。

おわり